中国の大盗賊・完全版


中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)

中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)


高島俊男『中国の大盗賊・完全版』が、講談社現代新書の40周年記念の一冊として発売された。『完全版』の眼目は、大盗賊の掉尾に「毛沢東」を加えた、いや、原稿の段階ではあったが、出版時に削除した原稿を復元したというのが、本当の経緯のようだ。


「序章」で「盗賊」の基本的条件とは

一、官以外の、
二、武装した、
三、実力で要求を通そうとする、
四、集団
である。(p21)


とあり、盗賊が王朝を建てたことを宣言する際には、

一、首領が王位もしくは皇位につき、
二、国号(国家の名称)をつけ、
三、元号(年号)を建て、
四、独自の暦(「正朔」という)を作り、
五、文武百官を任命して政府を組織する。(p47)


本書は、大盗賊の元祖として、陳勝劉邦から、朱元璋、李自成、そして「太平天国の乱」の洪秀全について解説し、第五章「これぞキワメツケ最後の盗賊皇帝ー毛沢東」にいたる。


毛沢東の評価について言及することは、きわめて困難を伴う。不透明な部分が多いということも原因だが、マルクス主義の思想評価にかかわるからでもある。もちろん、ここでは、マルクス本人と、マルクス主義とはまったく別物である、という前提で考えてのことである。


さて、そうであるとして、高島俊男の言説に一定の信頼が置けるのは、『メルヘン誕生〜向田邦子をさがして』(いそっぷ社)と『漢字と日本人』(文春新書)の二冊を読み、中国文学が専門であり、「漢字」すなわち文字に詳しく、また、向田邦子の文体を評価しているという点で、高島氏の言説は信頼するに値すると判断したからである。


毛沢東について王希哲(「毛沢東文化大革命」という論文で、懲役15年の刑を受け人)の説を引用しながら、

王希哲の言うところをくりかえせばこうだ。過去の盗賊首領たち、朱元璋、李自成、洪秀全らにとってのゴールは、天下を取って帝王になることだった。毛沢東もまさしくその通りたった。帝王になってからの毛沢東はマイナスのことばかりして、プラスのことは何一つしていない。しかしマルクス主義者の革命なら、何かプラスのこと(王希哲によれば「経済の繁栄」と「政治の民主」の方向にむかう功績)が残らねばならぬはずだ。それが何もない革命というのは、革命にはちがいないにしても、マルクス主義の革命ではない、朱元璋や李自成と同じ「農民革命」にすぎぬ、というのである。
王希哲の言う通りであろう。
毛沢東の伝記はおもしろい。まさしく波瀾万丈である。しかしそれは、史上あまたの盗賊首領や建国皇帝の伝記ー王朝末の混乱時代に生まれあわせた一人の豪傑が、自分の集団を作り、あるいは既成集団を乗っ取って自分の私党として、国内の政敵を実力で打倒して帝位につき、その後はまず自分に白い眼を向けるインテリや愛想よく尻尾を振らぬ官僚をやっけ、つぎには建国の功臣たちを粛清し、ついには私党そのものを破壊して、天下を身内一族のものにしようとする・・・・・という伝記と、大筋においては少しもちがわぬのである。
(p258−259)
・・・・・・・・・・
文化大革命」は、十年つづいて、毛沢東が死んだのでやっととまった大騒ぎであるが、何をどうしようとして始めたのか、もう一つよくわからない。
(p300)


中国の書物の分類は、四部分類で、「経」「史」「子」「集」の順になっている。一番の経部には、かつては、易にはじまる儒家の経典が並んでいた。現在は、「マルクスレーニン主義毛沢東思想」であると著者はいう。


功罪を含めた毛沢東についての正確な史料に基づいた研究・評価の必要性がよくわかる書物である。毛沢東歴史的評価が、なされてもいい時期にきたことを、この小冊子が教えくれている。


高島俊男の著書

漢字と日本人 (文春新書)

漢字と日本人 (文春新書)

本が好き、悪口言うのはもっと好き (文春文庫)

本が好き、悪口言うのはもっと好き (文春文庫)

メルヘン誕生―向田邦子をさがして

メルヘン誕生―向田邦子をさがして