心の羽根


ベルギー映画、トマ・ドゥティエール監督長編第一作『心の羽根』(2003)


簡単にストーリーを紹介すれば、ある若い夫婦がいて、幼い一人息子と三人で幸福に暮らしていた。ふとしたことでその息子が死亡する。妻はその事実を受け入れられない。妻は、次第に精神に変調をきたして行く。しかし、孤独なバードウオッチングをしている若者との交流のなかで、子供の死という事実を受け入れることになる。この一年間を、美しい自然と、自然のなかの鳥や魚を撮ることで、作品の主題補完的に映し出している。


実に静謐なフィルム。日常生活の部分は、陰影に富んだ深みのある映像として、自然の風景は青みががった色調で、ワンショットが、家族の生活の反映であるかのような撮り方がされている。


妻役を演じるのは、実生活でもパートナーである舞台女優のソフィー・ミュズール。その表情が彼女の置かれた立場を語っている。幸福とその幸福を喪失した悲哀を表情であらわしている。この映画における妻=母役が要であり、彼女の心の移ろいがテーマといっても過言ではない。


全体にせりふが少なく、事実の経過を映像で淡々と見せて行く。特に凝った映像ではなくあくまで、ベルギーの田舎町と田園風景、水路や林や野原が、何ものも付加せず、自然のままで捉えられている。


敢えてこの作品の中でさりげなく提示されているのは、大人の空間とこどもの時空の差異が招く不幸とでもいえるだろうか。夫婦の愛情が、ときとして、こどもを疎外することもあり得る。でもそれは、社会として自然のことなので、そこから偶然に起きる事故は、不可避の問題であることを、作為(無作為の作為)なく示している。誰も夫婦を責めることはできない。そんな映画として構成されている。


そういえば、こどもが渡り鳥を追って行くとき、手に持っていたのはゴジラのフィギュアだったような。



『心の羽根』
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