八木義徳


第一回小林秀雄

文章読本さん江

文章読本さん江


斎藤美奈子さんの『文章読本さん江』(筑摩書房)は、文章読本における男性中心主義を小気味良く、腑分けし、「文は人なり」から「文は服なり」のいわば意匠へ導く。そこで、谷崎潤一郎文章読本』(中公文庫)はじめ、評判高い丸谷才一の『文章読本』(中公文庫)など、を容赦なく斬ってゆくその手法たるや、いかにも、斎藤美奈子パワー炸裂の本であった。

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)


斎藤美奈子さんの切り口の斬新さは、『文壇アイドル論』(岩波書店)や、『文学的商品学』(紀伊国屋書店)など、いつも驚きながら、こんな読み方があったのか、と刺激を受けたものだ。


文壇アイドル論

文壇アイドル論

文学的商品学

文学的商品学


文章読本さん江』の巻末には、主要なものだけと限定しているが、実に数多くの参考文献が、列挙されている。その中には、八木義徳『文章教室』(作品社)が、なぜか取り上げられていない。「名文」を集めた文章教育的作品という印象を受けるからだろうか。日産自動車労連の機関紙『月間自動車労連』に「名文鑑賞」として連載された文章をまとめた晩年の作品である。


文章教室

文章教室


なぜ、八木義徳氏の『文章教室』なのか。72編の作品と72人の作家を、文章を引用しながら、紹介している。大作家から画家やマイナーな文人まで、広範囲に目配りが利いていて、コメントの適切さは、近頃はやりの「あらすじで読む・・・」とは全く趣を異にしている。


たとえば、山本周五郎の『青べか物語』を引用して、

文学作品における”品格”とは、その作品のふくむ”詩(ポエジー)”の高さである。(p43)


とか、林芙美子『晩菊』*1を引用して

この小説の中の女と男は「おたがいを拒絶しあうために」逢っているのだ。
(p104)


あるいは、島村利正の『奈良登大路町』に触れて、ウォナー博士と隠者的な林さんの二人の遠景描写を引用して

たしかに、このとき、東洋の古い美術を愛する一人のアメリカ人と一人の日本人とはたがいに「心をゆるして」語り合っていたのだ、篇中の最も美しい場面である。(p208)


と記す。これらの引用から、作品そのものを読みたくなる。そんな書物であり、説教臭い<文章読本>などではなく、読む気にさせる『文章教室』なのだ。


私のソーニャ/風祭―八木義徳名作選 (講談社文芸文庫)

私のソーニャ/風祭―八木義徳名作選 (講談社文芸文庫)

*1:成瀬巳喜男の映画化作品がいい