堀江敏幸


おぱらばん

おぱらばん


堀江敏幸氏といえば、三島由紀夫賞受賞作『おぱらばん』を想起する。パリ滞在時のエッセイという理解であったが、内容はフィクションであると著者は言う。中国人が使用するなる口癖について、いかにも事実を面白く書いているものと思っていた。


いつか王子駅で

いつか王子駅で


芥川賞受賞後の長編『いつか王子駅で』(新潮社)は、下町に住む「私」の日常を綴ったもので、作中に島村利正の作品が多く引用される。小説の中で、小説に言及することは、フィクションとしてはあるかも知れないが、実在の作家についての愛着と、高い評価まで書いてしまうと、これは、文芸批評の世界となる。


八編の作品を収める『残菊抄』について

母娘二代の菊売りを描く表題作では、関東大震災で亡くなった母親のあとを追うように、父親を知らぬその娘が直前する第二次大戦の図絵が呼び起こされ、あいまいに複雑にしてかそやかな陰影をほどこされた男女の、あるいは親子の感情の切れ端が、すこし言い足りないくらいの表現からじわりとわき出てくる。(p33)


また、おなじく島村利正の『清流譜』に触れて、

頁をひもとけば岩清水のような文章が、都塵にまみれた肺をたちまち浄めてくれる。このひとの行文から漂ってくる気韻に似たものはいったいなんだろうと先日来考えつづけていたのだが、恩師瀧井孝作の『全集』に月報として書きつづったこの『清流譜』を読み進めているうちに、ああ、これは、檜の香りだな、と思い到った。(p106)


この文章は、島村利正絶賛のオマージュにほかならない。一人の作家が、先行する作家の文章に心うたれるところは、虚構ではない。フィクションの中の真実といえよう。あえて、小説の形を借りて書くところが、堀江氏のスタイルなのだろう。


奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)

奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)


その後、講談社文芸文庫として島村利正『奈良登大路町 妙高の秋』が刊行され、早速読んでみた。端正な文体で綴られる『妙高の秋』や、母娘二代にわたる菊売り娘の因縁話を読むと、堀江氏が絶賛する理由がよく分かる。


『いつか王子駅で』は堀江敏幸と島村利正、二人の作家同士の影響関係を描いたまぎれもなき傑作である。


■堀江敏幸の作家論・書評集


本の音

本の音

書かれる手

書かれる手