江國香織


泳ぐのに、安全でも適切でもありません

泳ぐのに、安全でも適切でもありません


読んでいなくとも、なぜか気になる作家がいる。江國香織さんがその一人だ。直木賞を受賞したからというわけでもない。映画化された『落下する夕方』を見たとき、原作を読んだような気になった。


直木賞受賞前の短編集『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(集英社、2002)あたりから、そのタイトルのつけ方に、不思議な誘惑がある。でも、辻仁成との合作『冷静と情熱のあいだ』は、映画に失望した。俳人江國滋の娘というだけで、気にかかる存在だった。
批評家・吉本隆明の娘・吉本ばななが気になるのと似たような事情かも知れない。


号泣する準備はできていた

号泣する準備はできていた



古書店で『号泣する準備はできていた』(新潮社、2003)を見つけたので、購入して読み始めた。何気ない日常のスケッチ風描写で、文章がいい。リズムも心地よい。けれども、そこには何もない。「無」なのだけれど、生きて行くことは結構大変なんだよ、と言っているような。たとえば、冒頭の一文。

私は独身女のように自由で、既婚女のように孤独だ。
「洋一も来られればよかったのにね」(p131)


女と男の関係、様々なパターンがあるけれど、およそ「幸福」な生活などないかのような、それでも生きている、そんな感じの小説。短編の一ひとつが、小さな問題を抱えていて、もちろん、作中の人物にとっては重大なことなのだが、それが、活きるの死ぬのだの問題でもない。


とはいうものの、短編としての文体は見事なまでに、簡潔で的確な描写。選ばれることばは、決して「お洒落」とのみ言いきれない魅力がある。何なのだろうと考えながら、作品の中に自然に溶け込んでいる自分をふと感じる。


落下する夕方 (角川文庫)

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落下する夕方 [DVD]

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