バーバー吉野



荻上直子の商業映画第一作『バーバー吉野』(2003)は、まぎれもなく傑作であった。とある田舎の小さな町。そこの小学校では、男子生徒は、すべて同じ髪型=吉野刈をしている。
一軒しかない床屋、それが、もたいまさこが経営する「バーバー吉野」であり、すべての男子小学生は、吉野のおばさんによって同じ髪型に刈られるのだ。坊ちゃん刈りといえばいいのだろうか。


髪型による管理は、学校の先生たちと一体となり、生徒の生活の隅々まで管理されている。そんな小学校へ、ある日、東京から転校生がやってくる。坂上君というかっこいいヘアスタイルをした少年である。女子生徒たちは、みんな坂上君にあこがれ、吉野の息子・慶太やその友人たちは、子供心に嫉妬する。そして、ついに子供たち五人による反乱が起きる。村祭りの日、行方をくらました子供たちは、吉野おばさんと学校の先生に、髪型の自由を主張する。


まあ、こんな具合に話が進むのだが、変なおじさんが町の中心地を走っているし、山の日には、少年たちが、白い服を着て「ハレルヤ」を合唱する。子供たちは、エロ本を隠れ家に持ち込みこっそり読む。吉野のお父さんは、リストラされるが、お母さんにそのことを言い出せない。慶太の姉は、恋人に振られて帰ってくる。こんなエピソードが、田舎の風景のなかで、淡々と描かれる。


バーバー吉野のおばさんは、床屋として伝統を継ぐファシストだが、一面で子供たちのことを真剣に思っている。もたいまさこは、まさしくはまり役で、厳しくもやさしいおばさんであり、母であり、有線放送で帰宅時間を告げる管理者でもある。


子供から大人に成長する過程で、誰もが経験する甘美でせつない思いが、この映画には詰まっている。女性監督が、成長する少年を撮る貴重なフィルムであり、荻上直子の資質が見事に、表出されている。


子供たちは、自由な髪型となっても、相変わらず、バーバー吉野へ、おばさんの人柄に魅せられたように、お菓子を求めて遊びに来る。髪型以外は、まったく変化していないように見えるラストシーンだが、リストラにあったお父さんが、妻の床屋を手伝っているようだ。静かな穏やかでありながらも、大切なことを子供たちをとおして伝えている良い映画だ。