社史の研究


日本全国書誌」との関係で「灰色文献」に触れたが、私家版や饅頭本は、いわば個人の出版物だが、企業や団体がその歴史を記したものとして「社史」がある。一般的には、読むに値しないのが定説であろう。私も同じように考えていた。しかし、村橋勝子『社史の研究』(ダイヤモンド社、2002)は、13000冊以上出版されているという社史の内、一万冊を読破し、「社史の状況」「社史の種類」「社史編纂の対象」「社史の構成要素」「社史の利用と入手」の五章にわたり、三年かてけ読破した社史の本格的な研究書になっている。と同時に社史の文献目録として読むことができる優れものだ。著者の「まえがき」のなかの次の言葉は、きわめて重い。


社史の研究

社史の研究

それにしても、社史を調べて見てつくづく感じ入るのは、明治時代の企業家や、第二次大戦の焼け跡から会社を興した人々の志の高さである。特に、明治期に創業した人々の多くは20代の若さであった。彼らは、国を近代化するため、人々が豊かで幸せになるために、事業を興している。私たちは、それらの人々の遺産で食いつなぎ、生きてきたのではないかとさえ思ってしまう。翻って、近年の起業の理由は「ビジネスチャンス」すなわち「金儲けになる」からである。昨今の経済の沈滞化は、こういう面も大きく影響しているように思えてならない。(p.鄴)


2002年3月に書かれた文章だが、「人々の志の高さ」に強く惹かれる。故・城山三郎氏は、どうすれば景気が良くなるかではなく、どうすれば人々が幸せになれるかを考えて小説を書いた作家である、と追悼記事に書かれていたと記憶している。まさしく、明治の始めや、戦後の復興期に起業した「人々の志の高さ」を指摘されてみて、現在の企業家・経営者たちは、「幸福」よりも「金儲け」すなわち、景気が良くなることに重点を置いているように視えるが、どうであろうか?


本書でとりわけ注目したいのは、「社史の利用と入手」である。社史を多数所蔵する図書館が列挙されている。著者が参照した神奈川県立川崎図書館が、「質、量、サービスとも日本一と言っていい」とまで断言している。2007−04−22国立国会図書館が「納本制度により日本で出版された全ての本を所蔵していることになっている。」と記したが、社史に関しては川崎図書館の半分に満たない。つまり、納本制度は建前であり、納本しないケースが如何に多いかを証明する事実だろう。つまり、「灰色文献」は積極的に収集しない限り、納本制度があるにもかかわらず、全てが自動的に国会図書館に納本されているとは限らないのだ。


読まれない代表のように言われる社史だが、もともと非売品の社史を古書店で買ってまで読む人たちが少なからずいるのである。また、経済学部や経営学部のある大学の図書館では、社史収集に古書店を活用している。経営史や産業史が専門の学者だけではない。取引先の研究や得意先との話題づくりに活用するビジネスマン、就職先選択の参考にする学生、鉄道マニア、映画・演劇ファン・・・と、社史の読者はさまざまである。(p.367−369)


社史の品揃えが多い古書店一覧が、356−357頁に記載されている。

経験に裏打ちされた書誌的知識をもとに、価値を金銭に換算した古書店の社史は、また、独特の面白さと興味を感じさせる。(p.369)


そして、2001年9月現在だが、古書市場における高額社史が370頁から377頁までリストアップされている。「灰色文献」の代表格である社史も奥深いことを感じさせる。もちろん、本書には、巻末索引が充実しており、社名・団体名の五十音順に作成されている。「灰色文献」という地味な境界線上にある社史の見方を、本書から学ぶことができる。私もある企業の社史が読みたくなった。さて、今の古書価は・・・・


展覧会カタログの愉しみ

展覧会カタログの愉しみ


灰色文献では、ほかに「展覧会カタログ」がある。今橋映子編著『展覧会カタログの愉しみ』(東京大学出版、2003)も面白そうだ。