SAYURI


オリエンタリズムという一語では表現することができない『SAYURI』(Memories of a Geisha,2005)は、一編の寓話として、観るべきものがある。1930年代から1940年代の日本の雰囲気を、昼間の明るさと薄暗い花街を照明による陰影に工夫がこらされていてその色彩感覚に驚いた。まず、この映画が優れて舞台劇的であると同時に、フィルムに定着された芸者の人生が美学としてに描かれていること。


日本が舞台であるにもかかわらず、日常会話が英語だの、主役の三人の芸者が、チャン・ツィイーコン・リーのチャン・イーモーコンビとミシェル・ヨーという布陣だのなどと、クレームをつけてはいけない。監督ロブ・マーシャルは、舞台演出家であり、『シカゴ』に次ぐ二本目の映画が『SAYURI』で、いずれも、1930年代の米日を描いたと捉えておけばよい。


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チャン・ツィイーの起用は、歌舞伎のような花道での舞踊シーンのためではないかと推測される。『初恋のきた道』のうぶな少女から、魅惑的な女性に見事に変身している。一方、芸者としての宿命を背負った女性としては、コン・リーの年増女に象徴されるだろう。一種鬼気迫る演技は、損な役どころだが、コン・リー祇園芸妓の悲劇性を引き受けている。女性のチャン・ツィイーの姉芸妓ミシェル・ヨーは、落ち着いた物腰で、倍賞美津子の存在を思わせる。


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しかし、何よりもこの映画の収穫は、桃井かおりだろう。置屋のおかみ役だが、変幻自在、嫌味で強欲な女性から戦後はモダンな洋服を着用した女性へと、演技の幅と存在の重みを感じさせる。少女時代のさゆりを演じた子役大後寿々花は、けなげで輝く瞳が印象的で、その瞳がチャン・ツィイーの瞳につながる。


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豪華な女優陣に較べて渡辺謙役所広司は受身の役どころで、特に目立たないけれども、ハリウッドへの日本人俳優の進出ぶりを示している。


外国人から視た日本は、日本人では気づかないところを突いている。日本や芸者の世界が正確でないのは当然で、他者からは、このように観える日本が示されている。外国における寿司バーの流行など、必ずしも日本の寿司の味そのままでないのと同じこと。美しい衣装やセットを観るだけでもいい。


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近代化によりかつて持っていた良き日本人の習慣や風習は、日本に滞在した外国人の眼で新鮮に描かれていたことは、渡辺京二『逝きし世の面影』に再現されている。日本の近代化とは何だったのか、あるいは失われた日本人の「こころ」は何処へ行ったのか。『SAYURI』を観ながらそんなことを考えていた。


『SAYURI』の公式サイト