愛についてのキンゼイ・レポート


伝記映画流行りのハリウッドだが、ビル・コンドン監督、リーアム・ニーソン*1主演『愛についてのキンゼイ・レポート』(Kinsey, 2004)は、発売当時大ベストセラーとなりながらも、キリスト教右派から厳しい批判にさらされた「キンゼイ・レポート」の背景と、キンゼイ博士の生涯を綴った映画である。


1940年代から1950年代のアメリカでは、「性」はタブーであり、厳格でピュータリズム的な禁欲主義のもと、性の悩みは表面的に語られることはなかった。そんな時代に、タマバチの研究者・キンゼイは、収集したタマバチに同じものが一つもないことを発見する。女学生クララ(ローラ・リニー)との出会いと結婚初夜での失敗の経験をもとに、セックスに関するヒアリング調査を始めることになる。すると、面談した人たちは、タマバチと同様にまさしく差異の世界だった。一人として同じ体験をしていないのだ。


キンゼイは動物学者であるが、ヒトを性の側面から科学的に研究するデータを収集するために、工夫を重ねた質問項目を用意し、助手を相手に設問相手をリラックスさせる方法を考案し、アメリカ全土にわたり、面談調査を重ねる。ロックフェラー財団の援助を受けた調査結果をまとめ「キンゼイ・レポート男性版」として発表するや否や、一大ベストセラーとなり、話題の人となる。


引き続き、「キンゼイ・レポート女性版」を発表すると、今度はキリスト教右派を中心に激しい批判にさらされ、ロックフェラー財団の援助も打ち切られることになる。この間、キンゼイは、常に妻クララの協力を得ていた。キンゼイ博士の科学的方法により「性」の闇に光があてられるが、科学では「愛」は測定できない、というのがキンゼイ博士の到達した結論だった。実に平凡なことだが、実際、1960年代以降の「性の解放」は、<性と愛>の葛藤に引きずり込まれるのだから、キンゼイ夫妻はいわば幸福なカップルだったといえよう。


もちろん、今日の日本における<性の解放>状態は、キリスト教的な枷がない分、自由を享楽しているように見える。恋愛という幻想が、性体験と交錯し、一種求道者的様相を呈している。キンゼイ夫妻の生涯からの教訓は、「性愛から愛へ」だった。


アメリカ社会の保守化に相応するかのように、カトリックは今も避妊を容認していない。表層としては、性は解放されているが、人間の本質的な次元での解放は、進んでいない。科学の進歩と生命倫理の問題もある。キンゼイが生きた時代からはるかに進歩した科学と、性の解放は、ヒトに葛藤をもたらしている。


激しい批判にさらされているキンゼイ=リーアム・ニーソンに、リン・レッドグレイヴが面談で、「キンゼイ・レポート」によってどんなに自分が救われたかを、切々と訴えるシーンが印象に残る。


異色の伝記映画だが、一方では、相互の理解と信頼に支えられた一組の夫婦の物語でもある。「キンゼイ・レポート」は、アメリカだからできた調査であり、また、アメリカだからこそ批判をも受けたのだった。キンゼイの時代から、表層はともかく、「愛」の問題は解明されていないことに変わりはない。


『愛についてのキンゼイ・レポート』公式HP


ビル・コンドン脚本映画

シカゴ スペシャルエディション [DVD]

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ビル・コンドン監督作品


リーアム・ニーソン主演映画

*1:スターウォーズ ・エピソードI ファントム・メナス』では、ジェダイの騎士・クワイ=ガン・ジンを演じた。