失われし書庫

ジョン・ダニング著、『死の蔵書』(原書:Booked to Die,1992、翻訳:1996)*1『幻の特装本』(原書:The Bookman's Wake,1995、翻訳:1997)*2に続く元刑事で古本屋のクリフォード・ジェーンウェイの第3弾『失われし書庫』(原書:The Bookman's Promise, 2004、翻訳:2004)が昨年末に出版され、本日読了した。


失われし書庫 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

失われし書庫 (ハヤカワ・ミステリ文庫)


今回は、リチャード・バートン、と言っても俳優ではなく『バートン版千夜一夜物語』のバートンであり、アメリ旅行記『聖者の町』の記録に空白部分があり、それを作品の中で物語として提示するという趣向。南北戦争前にアメリカを旅行したリチャード・バートンなる人物に寄り添いながら、バートンが書き残したという「日誌」をめぐって展開される、古書ミステリーになっている。


主人公クリフォードは、オークションでリチャード・バートンの『メッカ巡礼』を入手。しばらくして、今度は何の前ぶれもなく『聖者の町』が誰かによって送付されてきた。ミステリーの定石どおり、その稀覯本のために殺人事件が起きる。


リチャード・バートンが出現する歴史ミステリーとして読む面白さもあり、文庫本で585頁の大冊も一気に読ませるストーリーの見事さと、謎を解いてゆくプロセスの面白さ、はらはら、どきどきで、主人公が危機に直面するときもありで、起伏に富んだストーリーになっている。


以前、私もミステリーにのめり込んでいた時期があった。でも、トリックだの、謎解きだのは、所詮遊びに過ぎない。テクストから得られる快楽や愉悦は、時間の経過とともに希薄化される。よほど、内容的に深くないと、読書の醍醐味として記憶の回路に残らないことが多いのが、ミステリーのミステリーたる由縁であろう。存在価値を認めたいし、時間潰しにはもってこいだ。人生とは、死までの時間潰しであると極言もできるだろう。


とはいうものの、ミステリーから何らかの収穫をえたいという想いもある。その点では、古書ミステリーは、本に関する知的関心を刺激するし、また、古書についての知識が得られるという利点もある。


ジョン・ダニングの、古本探偵クリフォード・シリ−ズの面白さは、ミステリーとしてのそれのみならず、物語の背景には人生や人間の悲劇に関する鋭い洞察が込められている。読書の愉しさと、怖さが同時に体験できる仕組みになっているのだ。


このシリーズについては、寡作であるが、めずらしく2005年3月には、第4作、The Sign of theBook の刊行が予告されている。楽しみに待とう。


なお、シリ−ズ3冊の翻訳はいずれも、ハヤカワ文庫であり、第1作『死の蔵書』は、「このミステリーがすごい!」と「週刊文春のミステリーベスト」1996年度の第1位であったことは、ファンには蛇足であるが一言申し添えておきたい。