父と暮らせば



井上ひさし原作、黒木和雄監督『父と暮らせば』(2004)をやっと観ることができた。原作の脚本については、8月6日のダイヤリーに記したので、今回は映画を中心に述べたい。


黒木和雄の戦争レクイエム三部作は、『TOMORROW明日』(1988)と『美しい夏 キリシマ』(2003)があり、第一部は、長崎の原爆が投下される直前までの記録を、第二部は監督自身の体験を中心に語られた。今回の『父と暮らせば』は、井上ひさしの原作にほぼ忠実に、映像化されている。舞台劇を観るような感覚になる。


何よりも、宮沢りえの凛とした美しさと、演技の素晴らしさに触れなければなるまい。戦争で死んだ友人や父への想いが強く、生きているのが申し訳ないという脅迫観念から、浅野忠信のプロポーズを受けることをためらっている。その、切ない表情は哀しくも美しく輝いている。山田洋次の『たそがれ清兵衛』で、江戸時代に生きる武家の娘を、背筋がピンと張った姿勢で美しく演じた。宮沢りえには、成長しつつある女優としてのオーラすら感じる。


父親役の原田芳雄は、黒木作品の中心に位置する俳優であり、娘の心の内を知り、亡霊として娘の前に現れる。父の死を無駄にすることなく、父の分まで生きて欲しい、そしてできれば、原爆資料を集めている浅野忠信の想いを受け止め、幸せになって欲しいと願う。実に陽気な幽霊であり、同じ井上ひさし原作の幽霊、『頭痛肩こり樋口一葉』の蛍に通じるものがる。生き残った者と死んだ人たちの葛藤を、親と娘に象徴させた。あるいは、宮沢りえの心の中にある葛藤とも言えるだろう。


撮影:鈴木達夫、美術:木村威夫という信頼の置けるスタッフのもとで、実に深みのある良い作品に仕上げている。福吉家のセットが、原爆ドームの中にあることが、ラスト近く宮沢りえが「おとったん、ありがとありました」と見上げると、キャメラが頭上を仰ぐとそこには、原爆ドームの天蓋がある。


戦争三部作はいずれも、戦争の激しさを直接描くのではなく、間接的に示される。原爆の凄絶さは、丸木夫妻の絵画「原爆の図」*1によって代替されている。黒木和雄が生きる上で、避けて通ることができなかった戦争体験の原点として、いわば内省的・省察的に戦争を捉えたのが、レクイエム三部作であった。



黒木和雄監督作品

美しい夏 キリシマ [DVD]

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竜馬暗殺 [DVD]

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