辻邦生

辻邦生全集〈1〉

辻邦生全集〈1〉


新潮社から、『辻邦生全集』全20巻の刊行がはじまっている。6月の第1回配本は、『廻廊にて』、『夏の砦』、『安土往還記』の初期長編三作。第2巻は、初期短篇22編、第3巻は『天草の雅歌』と『嵯峨野明月記』の2長編で8月刊行。ほぼ刊行年順に最後の長編『西行花伝』まで収録される予定。


辻邦生氏(1925-1999)の場合、生前から創作ノートや日記などを積極的に公開しているから、単行本未収録作品は、それほど多くないと思われる。作家は、死後どのように作品が読み継がれて行くかによって、つまり、同時代としてよりも、死後の評価が大きいといえよう。


辻邦生氏は、その作品の主題が一貫していて、生の充実=芸術的な永遠の至高の瞬間をいかに主人公に語らせるかに、作品の成否がかかっていたように思う。その点で『背教者ユリアヌス』や『嵯峨野明月記』など、歴史的人物に内面を語らせる方法がとられていた。未完に終わった『フーシェ革命暦』にしても、フーシェの内面に立ち入ることで、自己を主人公に重ねていた。複数の人物の語りから、主人公を浮かび上がらせるという手法は『西行花伝』において、見事に達成されている。


100編の短編がすべて何らかのかたちにつながるという壮大な実験であった、『ある生涯の七つの場所』は、交錯した人物をたどりながら、一編づつ工夫が凝らされていた。いってみれば、新刊書を楽しみに待つ作家であった。


死後5年が経過してみて、辻氏の作品で再読したいと思わせる作品はと、自らに問うならば、『安土往還記』(1968)、『嵯峨野明月記』』(1971)、『背教者ユリアヌス』(1972)、『春の戴冠』(1977)、『西行花伝』』(1995)の5作になるだろう。それは、淋しいことなのか、あるいは、再読の時間的余裕をまつ喜びなのか、いずれとも言い難い。


辻邦生の遺作

言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)

言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)

のちの思いに

のちの思いに

辻邦生が見た20世紀末

辻邦生が見た20世紀末


■辻佐保子さんによる追悼書

辻邦生のために

辻邦生のために