誰も知らない世界と日本のまちがい


松岡正剛『誰も知らない 世界と日本のまちがい』(春秋社、2007)読了。本書によってやっとというべきか、遅ればせながら松岡氏の「編集工学」の意図を読み取ることができた。


誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義

誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義


なぜ「モーラ(網羅)主義」「情報の歴史」なのか、なぜ「千夜千冊」なのか、そこのところがいまひとつ視えなかったが、本書によって、松岡氏の指向性が分かった、いや分かったような気になった。以下は私のことばで綴るので読み間違いがあることを予め断っておきたい。


「ネーション・ステート(国民国家)」になってしまった歴史的宿命はやむを得ないが、グロ−バル資本主義とは、アメリカ的スタンダードの画一化であり、日本もそのなかに埋没しつつある。しかしながら、日本には日本固有の方法があるだろう、ということ。


日本の近代化とは、鎖国の徳川封建体制から、西洋型「ネーション・ステート(国民国家)」に変貌することであった。西洋型の「ネーション・ステート(国民国家)」形成のモデルを作ったのがイギリスであり、植民地の確保により大英帝国として君臨できたわけだが、アフリカの分割はイギリスおよびイギリスに遅れまいとするヨーロッパ列強(フランス・ドイツ・イタリア・ポルトガル等)によるものであった。これは、すべてイギリス・モデルの模倣であった、と松岡氏は言う。


西洋の近代化過程と、日本の近代化を時代的に平行して読み解きながら、「ネーション・ステート」が、「グロ−バル・スタンダード」になるとき、「新植民地主義」となりそれらは「新自由主義思想」と呼ばれ、ケインズによる「大きな政府」を否定し、「小さな政府」による民営化路線として現在に至っている。


世界の問題を「中東」*1を起点に眺めながら、世界のありように迫る松岡正剛の方法は、まさしく「編集」的なものである。フーコーの言説に依拠しながら松岡氏は次のように言う。

フーコーはもはやわれわれの知識は「アルシーブ」(知の倉庫)にしかないのだから、それを組み立てなおす以外に、新たな展望など出てこないだろうと予告していました。・・・(中略)・・・フーコーは何を言ったかというと、もう新しい理論はいらないと言ったわけですね。知識は19世紀までのぶんで、もう十分にあるだろう。それを組み替え、組み立てなおしていくしかないではないか。そう、言った。これを現代哲学では「デコンストラクション」(脱構築)ともいいますが、私からすると、つまり「編集にとりかかれ」ということです。(p.427)


すなわちここにおいて松岡正剛の「編集」が、フーコーの言説と一致し、単独の思想としてではなく、「編集された思想」として提示されるべきだと、松岡氏は言う。「新自由主義」のような単純なものが流行し、「企業ゲーム」に勝つような理屈が優先されてしまう。それでは、資本主義が陥っている病は治せない、と。

ダニエル・ベル『資本主義の文化的矛盾』(1976)から松岡正剛がサマライズした病気の一覧を以下に引用する。

  1. 解決不可能の問題だけを問題にしている病気
  2. 議会政治が行き詰まるから議会政治をするという病気
  3. 公共暴力を取り締まれば私的暴力がふえていくという病気
  4. 地域を平等化すると地域格差が大きくなる病気
  5. 人種間と部族間の対立がおこっていく病気
  6. 知識階級が知識から疎外されていくという病気
  7. いったんうけた戦争の屈辱が忘れられなくなる病気(p.421)

これらすべての「病気」が、現実の「世界と日本」に当てはまるではないか。


日本という方法 おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)

日本という方法 おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)


松岡正剛は、日本の方法として「苗代」の方法、間接話法、部分の重視を主張する。「苗代」こそ、きわめて日本的な方法であり、徳川社会において「苗代」を確立していた。「苗代」とは、いったん苗代という仮の場所に種をまいて、ちょっと育て、その苗を田んぼに移し替えていく。それから本格的に育てるという方法である。


本書は、松岡正剛の「網羅主義」や「情報の歴史」や「千夜千冊」が、何を目指しているのか、非常に分かりやすいことばで語られている。世界の均質化を「編集」でのりこえることができるというのが松岡氏の考えである。


本書は、21世紀を考えるひとつの方法が提示されている。これまで、博覧強記の「百科全書派の知識人」として参照していたのだが、本書においてはじめて松岡正剛の思考が分かりかけた。その点、この一冊は大きな収穫となった。


情報の歴史―象形文字から人工知能まで (Books in form (Special))

情報の歴史―象形文字から人工知能まで (Books in form (Special))


松岡正剛氏は、2007年までを増補した『新・情報の歴史』を刊行していただきたい。松岡氏の「編集工学」の意図が解れば、『情報の歴史』に新たな視点をあてることができる。ウェブ時代だからこそ期待したい。


情報の歴史を読む―世界情報文化史講義 (BOOKS IN FORM SPECIAL)

情報の歴史を読む―世界情報文化史講義 (BOOKS IN FORM SPECIAL)

*1:第一次大戦後の中東の分割をイギリスが描いていたし、実際、中東のトルコ・イラク・イランはイギリスが中心となり強引な線引きによって国家として独立している。中東問題は複雑だ。