アフターダーク(2)


アフターダーク

アフターダーク


村上春樹氏『アフターダーク』(講談社)読了。
まず気になるのは、カメラ目線で書かれる手法である。映画的あるいは、映像のように描写するような書き方は、管見のかぎりでは、これまでの村上春樹の作品にはなかった。これが、大きな特徴。


季節は秋の終わり。一晩、厳密には、11:56pm〜6:57amまでの約7時間の出来事が、カメラ目線=神の視点で描かれる。会話のみは、ハルキ調で書かれるけれど、情景描写は、一定の距離が置かれていて、文体も短く、これまでの作品と明らかに異なる。


ゴダールの『アルファヴィル』(1965)が、ラブホテルの名前になっている。

アルファヴィルでは、涙を流して泣いた人は逮捕されて、公開処刑されるんです。」
「なんで?」
アルファヴィルでは、人は深い感情というものをもってはいけないから。だからそこには情愛みたいなものはありあません。矛盾もアイロニーもありません。ものごとはみんな数式を使って集中的に処理されちゃうんです。」(p84)

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アルファヴィル』が、この作品の根底にあるように思われる。浅井マリの姉・エリが深い眠りについているのは、向こう側=アルファビルの世界に行き、帰ってきたことによって示されている。では、「顔のない男」とは何者なのか?


7時間の間に、10名の登場人物が交錯する。19才の浅井マリと出会うトロンボーンの練習をしている大学生・高橋。眠り続けている浅井エリと、彼女の部屋のTV画面の中の「顔のない男」。ラブホテルで被害に会う中国人の娼婦(19歳)と、彼女を助ける元女子レスラーのカオル。娼婦が属する組織の男、加害者でプログラマーの白井。ホテルの従業員コムギとコオロギ(逃亡している女)。


問題は何ひとつ解決しないが、高橋と浅井マリの未来には、やや明るい方向性が見えるし、浅井エリと妹マリが、同じベッドで抱き合って寝ている光景も、違和から親和への方向が暗示されている。


アフターダーク』は、読者に考えさせる小説と読んだ。『アルファヴィル』的な雰囲気が支配する世界を、「私たち」は眺めているだけであり、物語の進行には関わらない。あいかわらず、謎が仕掛けられているが、これまでの作品とは様相が異なる。


未完の小説として提示されている。読者によって、読み手の思考によって物語は完結される仕組みになっている。読了後のカタルシスは、まったく得られない。このような小説を、どう評価すべきか戸惑っているというのが、率直な感想だ。


村上春樹氏の最高傑作は、依然として『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(講談社)に変わりはない。


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

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