ゼア・ウィル・ビー・ブラッド


第80回アカデミー賞・主演男優賞を受賞したダニエル・デイ=ルイス主演、ポール・トーマス・アンダーソン監督作品『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(There will be blood, 2007)を観た。


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金鉱と石油を求めて採掘するプレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)が黙々と堀り続ける無言のシーンが冒頭に長く続く。赤ん坊連れの仲間が事故で死亡すると、その子供を育てやがて、商談の場にかならず成長した少年H.W.(ディロン・フレイジャー)を同席させる。


石油!

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アメリカンドリームを体現するプレインビューと対立するのが、聖霊派教会のカリスマ牧師イーライ(ポール・ダノ)であり、いってみれば資本主義対キリスト教の対立にほかならない。ここではマックス・ウェーバーのいう「資本主義の精神」が、キリスト教的倫理と一致しない。約束した金銭を払わないプレインビューに、金を渡すべきだと強弁するイーライは、金銭を媒介として対立する。


しかし、石油のパイプラインを通すために、聖霊派教会の熱烈な信者である土地所有者の許可が必要となり、イーライの教会で、神の前で懺悔をさせられる。無神論者のプレインビューにとって屈辱的な行為である。教会の中は熱狂的な信者が集まっている。礼拝堂の正面に正座させられ、自己の罪を懺悔するプレインビューの苦悩に満ちた表情には、己の野望のためには何でもするという強い意志があった。


石油の採掘と輸送で大成功をおさめたプレインビューは、大邸宅に住んでいる。そこへイーライが金の請求にやってくる。衝撃的なラストシーンについてはネタばれになるが、触れずに済ますわけには行かない。室内のボーリング場で、プレインビューはついにイーライを撲殺する。資本主義が金銭と暴力で、キリスト教徒を抹殺するのだ。資本主義の勝利は、アイロニカルな終焉を迎える。


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ノーカントリー


ジョエル&イサーン・コーエン『ノーカントリー』(No Country for old men, 2007)も、畏怖すべきフィルムだった。コーエン兄弟のフィルムの中でも傑出した仕上がりになっている。ベスト作品と言ってもいいだろう。それは何よりもハリウッド映画のルールから逸脱しているラストシーンに象徴されている。


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冒頭テキサスの自然風景を背景に、保安官のことばが語られ、一見平和そうな光景から、慄然とする世界へ変容して行く。偶然に大金を見つけた男ジョシュ・ブローリンは、その金を持ち逃げする。しかし、殺人鬼ハビエル・バルデムに、逃げても逃げても追われる。ハビエル・バルデムは、金を盗んだ男を追う途中で、遭遇する人たちを何の理由もなく殺して行く。圧縮ボンベのような銃で次々と殺人を繰り返す。そこでは感情だの倫理意識だの復讐などの、もっともらしい理由や動機は一切排除されている。


血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

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不条理な殺人鬼ハビエル・バルデムとは何者なのか。彼を追う保安官トミー・リー・ジョーンズは、殺し屋を追うが容易に姿を捉えることができない。


金銭と生と死。殺人鬼ハビエル・バルデムとは神の裏返しではあるまいか。

一般的に映画では、善人が悪人に勝つ。とりわけハリウッド映画における暗黙のルールがある。『ノーカントリー』は、善悪に関係がない。理由なき殺人の恐怖が観る者を戦慄させる。


ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と『ノーカントリー』に共通する主題とは、極論すれば「資本主義とキリスト教」の対立あるいは融合と離反。神の不在を象徴する畏るべきフィルムだった。