中平康は高く「評価」されるべき映画監督だ
中平康の映画作品
中平康は、松竹に入社し、大場秀雄、原研吉、渋谷実等の助監督を務める。
その後、1954年に日活再開とともに、日活に移籍。山村聰、田坂具隆、新藤兼人の助監督に付き、『狂った果実』で監督として華々しいデビューを飾る。太陽族映画、あるいは石原裕次郎という大スターを生み出した映画として記憶される。中平康の演出力は、評価されなかった。
中平康に関する研究書や資料集として、次の2冊がある。
〇中平まみ著『映画監督中平康伝』(ワイズ出版,1999)
〇ミルクマン斉藤監修『中平康レトロスペクティヴ』(プチグラパブリッシング,2003)
中平まみ氏は、中平康の娘であり、父親の汚名挽回のための書である。
序章 死
第一章 生
第二章 創
第三章 エッセイ
第四章 フィルモグラフィ
で構成されている。父・中平康52歳の死を娘の視点から語られる。
本書は、関係者による発言引用が多く、客観的な視座を保ちながら、そこに小説家となった娘まみ氏の言説が加わり、映画監督・中平康の私生活も明かされる。「第三章 エッセイ」は、中平康が『映画芸術』や『キネマ旬報』に寄稿したエッセイが採録されていて、中平監督の持論が展開されている。
『中平康レトロスペクティヴ』は、作品回顧上映時のパンフレット的な内容で、全作品の解説が記されている。
この2冊は貴重な資料である。
中平康の作品を見直す、あるいは今回はじめて見たフィルムにも、スタイリッシュな画面構成とスピーディな展開ぶりは、何ら古びていない。むしろ、中平康が評価されていないことが不思議な現象だと思える。日活時代の作品の評価は低く、キネマ旬報ベストテンには一回も入選していないし、およそ各種の映画賞とは無縁であった。
同時代の今村昌平や増村保造・大島渚に比べても、あまりにも評価が低いと言わざるを得ない。今回、中平康作品を17本ほど見た印象を以下に記録しておきたい。
『狂った果実』(1956)は、第一作として、日活のスター女優だった北原三枝に、兄弟役として、石原裕次郎と津川雅彦が共演する衝撃の問題作。湘南の海、ヨットとボート。兄と弟の確執。美しい女性が現れる。弟は彼女は良家の子女だと思い込む。しかし、兄裕次郎は、彼女にはアメリカ人の亭主がいる既婚者であることを突きとめる。北原三枝は肉体的な兄に惹かれる。弟を出し抜き、二人でヨット遊びに出かける。女性と兄の不在にきずいた弟は、ボートで二人の跡を追跡する。そして悲劇に遭遇することになる。問題作、話題作となり興行的にヒットするが、批評家からの評価は得られなかった。そのことが、最後まで尾を引くことになる。
『牛乳屋フランキー』(1956)は、徹底したナンセンスコメディで、中平康は悲劇から喜劇まで、あらゆるジャンルを撮ることができる監督であることを早々に証明してみせた。フランキー堺と市村俊幸のコンビもの。時代背景も良く分かる。ドタバタ風ギャグ連発のなかにも、粋なはからいは、ラストシーンに「映画は日活」の看板がついたトラックを画面を横切るように走らせる見事な演出ぶり。
『街燈』(1957)はソフィスティケイティッド・コメディである。月丘夢路と若い恋人岡田真澄。一方、南田洋子と葉山良二の関係は発展含み。銀座の商店街はセットを組み、屋外撮影部分とうまく融合させたと中平監督自身が言及している。実に、しゃれた映画だ。
『誘惑』(1957)は、銀座の画廊を舞台に、経営者千田是也、その娘左幸子、雇われている女性渡辺美佐子、前衛画家グループの安井昌二、葉山良二。千田是也の昔の恋人の娘に芦川いづみ(二役)が出演。岡本太郎、東郷青児は、本人として登場している。群像ドラマとして人物の出し入れを巧みに演出した大成功の傑作フィルム。
『四季の愛欲』(1958)は、母親・山田五十鈴は48歳で浮気心満々、長女・桂木洋子は、詐欺師・小高雄二に熱を上げ、夫・宇野重吉と子供を放置したまま浮気に熱を上げる。長男・安井昌二のみが正常に見えるが、同棲中の楠侑子が家を出て自由奔放にふるまうのにも平然と構えているけれど、渡辺美佐子に心ひかれる。唯一まともなのは中原早苗のみだが、彼女は友人を兄に紹介したいようだ。母親をはじめその子共達の恋愛模様を乾いたタッチで描いた大傑作。最後は大女優・山田五十鈴が見るものを唖然とさせる。
『紅の翼』(1958)は、石原裕次郎主演。破傷風のための血清をセスナ機で八丈島まで運ぶことになった石原裕次郎。新聞記者中原早苗が同乗する。フライトを依頼したのが訳あり風の二谷英明。セスナ機の説明がくわしく、それがラストへ向かう伏線になっており、航空映画としても出色。途中小島に不時着した三人が、夜開けを待つ。その夜明けシーンはホリゾントで描かれた空だが、徐々に明るくなる光景は美しい。娯楽作品にして、芸術的映画に仕上がっているのは、中平康の才能を示す。
『その壁を砕け』(1959)は、脚本を新藤兼人が書いている。ドキュメント風の映像は、テンポが素晴らしく、細部が際立つ。ローケションは当時の風景を映し出す。東京を出発した小高雄二は、恋人芦川いづみが待つ金沢へ、購入したばかりのワゴン車で疾走する。舗装されてない道路。前がよくみえない夜間走行。これらの条件を見事に映像化している。小高雄二は冤罪に巻き込まれる。長門裕之と弁護士・芦田伸介により、冤罪が晴らされ、ラストのクラクションは、暗い本作を吹き飛ばしている。モノクロ映像が時代の背景や懐かしい風景を捉えて、美しい。
『密会』(1959)は、大学教授の妻・桂木洋子が、夫の弟子である学生伊藤孝雄との密会状況が、長回しシーンとして冒頭延々と7分余り続く。密会中、草むらの近くでタクシー強盗があり、二人は目撃してしまう。その後、桂木洋子は夫・宮口精二の目を気にし、一方、伊藤孝雄は目撃した事実を警察に話そうとする。警察へ通報するため、電車に乗ろうと停車場で待っている伊藤孝雄の背中を急行列車が通過する瞬間に、桂木洋子が押してしまう。逃げる桂木洋子を俯瞰で追うキャメラは彼女が捕まるのを捉える。冒頭とラストシーンの長が回しが照応している、必要な箇所に焦点を当てる斬新な手法が成功している。
『学生野郎と娘たち』(1960)は、ある私立大学に在籍する学生群像をみごとに描いた傑作。中原早苗ひとりが元気で大学側との新学長中谷昇への対抗心と、学生たちを鼓舞する雄姿に圧倒される。学生には、長門裕之、伊藤孝雄、芦川いづみ等が出演。特に、芦川いづみが清純なイメージを払拭した作品。
『あした晴れるか』(1960)は、スクリューボール・コメディの傑作。日本でも、ビリー・ワイルダーのようなスピーディなギャグ満載の作品を撮ることができる監督がいることを証明した傑作だ。単なる裕次郎映画ではない。群像劇だが、その後の世界は暗示にとどまる。芦川いづみの眼鏡姿と、素顔のギャップが素晴らしい。
『あいつと私』(1961)、石原裕次郎の大学生青春映画。女優陣は豪華。芦川いづみ、中原早苗、笹森礼子、吉行和子、渡辺美佐子、高田敏江。母親に轟夕起子、父親が宮内精二、実父に滝沢修。石坂洋次郎の原作から、中平監督自在のスピーディで、ハイテンションな青春劇の快作。
『危いことなら銭になる』(1962)は、ニセ札を巡り多くの俳優が演技する、それが結果として強烈な喜劇映画になっているというとんでもないフィルムだ。宍戸錠、長門裕之、草薙幸次郎に、若い浅丘ルリ子が参加している。大傑作コメディ。
『光る海』(1963)は、は、吉永小百合と浜田光夫のコンビもの。大学の卒業式、英文学科では男子学生が七人で他は全て女性という環境で卒業式を迎える。英文学科の秀才・十朱幸代とその妹和泉雅子、和田浩治と妊娠している松尾嘉代、あるいは山内賢など群像劇。エキセントリックな台詞のテンポが速い吉永小百合は見もの。吉永の母・高峰三枝子は、交際している森雅之と結婚する。その結婚は、森の妻・田中絹代の死によってもたらされる。母の再婚を祝福しながら、表面的には過剰に祝うが、実は寂しいことが示される。やがて、吉永小百合は作家として自立し、浜田光夫と十朱幸代の婚約を祝福する。<光る海>が映されてフィルムは終わる。
『月曜日のユカ』(1964)は、<加賀まりこ>という主人公を得て初めて成り立つスタイリッシュなフィルムだ。時代を先取りしている快作。中尾彬が若い。愛人の加藤武もそれらしい姿をみせている。今でも、今だからこそ、見たい作品として人気が高い。
『猟人日記』(1964)は戸川昌子原作で、主演も果たしている。仲谷昇は「猟人日記」を書いている。関西物産会長の娘・戸川昌子と結婚している仲谷昇は、東京出張の際、ガールハントによる成果を記録したのが「猟人日記」だった。ホテルに滞在し、「猟人日記」を記録する場所としてアパートを契約していた。やがて彼が関係した女性が、次々と殺人されてゆく。しかもその現場には、必ず仲谷が犯人であることを証明する証拠が残されていた。仲谷は自分の無実を証明できる方法がなく裁判にかけられ「死刑」を宣告される。第二審を依頼された弁護士・北村和夫と助手十朱幸代によって真実が解明される筋立てになっている。日活映画としては、異色のフィルムとなった。
『黒い賭博師』(1965)は、小林旭主演のシリーズものの一本。日活といえば石原裕次郎と小林旭が二大スター俳優。鈴木清順はスターを主演に迎えることが出来なかった。中平康は、日活ではスター男優・女優を主演に撮ることができた職人監督だが、スピード感、ショットの斬新さなどでは天才と言われた。本作では、『007』シリーズのパロディ的要素を取り入れたシーンなど、娯楽映画を超越している快作。
『結婚相談』(1965)は、30歳を迎えた芦川いづみが、結婚相談所を訪ねると、沢村貞子が所長で、裏側ではコールガール斡旋所であったことが次第に判明し、芦川いづみは、それを逆手にとって奮闘する予想外の展開をみせる快作。この作品でも芦川いづみは、より新しい魅力をみせている。
以上の作品を見てくると、中平康こそ、映画史に残る作品を撮った、高く「評価」されるべき映画監督であることが了解されるだろう。
【追記(2021年9月20日)】
『泥だらけの純情』など4本を見たので、追記しておきたい。
とりわけ、『泥だらけの純情』は傑作ともいっていい程のスピードで心中に突入する身分違いの吉永小百合と浜田光夫コンビの代表作となった。
『泥だらけの純情』(1963)
吉永小百合と浜田光夫のゴールデン・コンビの傑作『泥だらけの純情』(1963)は、大使の娘吉永小百合とチンピラやくざの浜田光夫が恋に落ち、とりつかれたように最後の逃避行に至る、一直線の物語。いわばよくある純愛心中の話なのだが、映像へのこだわり、細部を丁寧に撮り積み重ねられたフィルムの淡い色彩。とくに、心中後の葬儀に雲泥の差があることが、ラストに置かれると見るものは悲痛な思いになる。豪華な小百合の葬式、幾重にも続く高級乗用車の列に対して、浜田の葬式はこじんまりした暗い小さな部屋、葬列も貧者は徒歩。この強烈な対比は、死後の二人に思いをはせる。やりきれなさ。この作品は、中平康ならではの純愛物語の形を示したものだ。
二人が逃避行で貸間にいてタンメンを食べた後、玄関に新聞販売勧誘の男が訪ねて来る。契約すると「景品」と「村田英雄ショー」の招待券をもらう。村田英雄を知らない吉永小百合の前で、浜田光夫が「王将」を歌うシーンは実にしみじみと感傷を誘う秀逸であった。
『喜劇 大風呂敷』(1967)
笑えない喜劇だった。喜劇俳優を揃えることで「喜劇」が撮れるはずはないことを、中平康監督が一番良く知っているはずだ。藤田まこと、田中邦衛のほか、映画製作当時のコメディアンのギャグを懐かしく感じる人にはそれなりに懐かしいだろう。しかしながら映画として<笑えない喜劇>となってしまっていることは確かだ。よって、中平康作品の私的ランキングは最下位となる。
『黒い賭博師 悪魔の左手』(1967)
小林旭の<賭博師シリーズ>の最終作。荒唐無稽な設定。パンドラ王国の王・大泉滉は、賭博大学教授二谷英明の提案で、世界征服を目指し、まずは日本の氷室浩次・小林旭を倒すべく、三人の賭博名人を派遣する。三人の二人目がジュディ・オング、三人目が原泉と個性俳優が演じる。賭博方式にそれぞれ工夫があり、抱腹絶倒とも言えるコメディ・タッチが的を得ている。ここまで馬鹿馬鹿しく作り込めば快作といえよう。パンドラ王国の四番目の妻・広瀬みさが好演。
『アラブの嵐』(1961)
エジプトに海外ロケーションを敢行した石原裕次郎主演もの。ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』のパロディが見られる。祖父の死により、重役会議と親族会議で孫の石原裕次郎をパリに追いやることが決定される。祖父の遺言書に従い、裕次郎は香港、ベイルートを経由して、カイロにたどり着く。偶然飛行機で隣合わせたのが、父の消息を求めてエジプトに旅する女性・芦川いづみだった。裕次郎がベイルート空港での待合室で、臨席の男の背中にナイフが刺さるというヒッチコック風の災難が、次は、ケイリー・グラントのように飛行機に襲われるシーンもヒッチコックへの敬意と受け取りたい。エジプトロケがもたつくとの評価が一般だが、スフィンクス等観光名所が網羅されているので、見る者は楽しむことができる。
中平康作品には失敗作がほとんどない。プログラム・ピクチャーを担いながら、独自のスタイル、映像美学に徹した映画作家だ。ベストワン候補は数本あがるだろう。
まずは石原裕次郎が認知された代表作『狂った果実』
ハイスピードでテンションが高い喜劇『危いことなら銭になる』
時代を超えて完成度が高く愛好される『あいつと私』『光る海』
吉永小百合と浜田光夫の代表作となった『泥だらけの純情』
スラップスティック・コメディ的傑作『あした晴れるか』
など数多い。
私は人間の関係性の根源に迫る『四季の愛欲』を押す。
とりあえずのわたくしのランキングを以下に記しておきたい。
中平康の私的ベストテン(増補改訂2版)
1.『四季の愛欲』(1958)
2.『狂った果実』(1956)
3.『その壁を砕け』(1959)
4.『密会』(1959)
5.『危いことなら銭になる』(1962)
6.『月曜日のユカ』(1964)
7.『誘惑』(1957)
8.『あいつと私』(1961)
9.『街燈』(1957)
10.『光る海』(1963)
11.『泥だらけの純情』(1963)
12.『あした晴れるか』(1960)
13.『紅の翼』(1958)
14.『学生野郎と娘たち』(1960)
15.『結婚相談』(1965)
16.『猟人日記』(1964)
17.『才女気質』(1959)
18.『アラブの嵐 』(1961)
19.『牛乳屋フランキー』(1956)
20.『黒い賭博師 悪魔の左手』(1966)
21.『黒い賭博師』(1965)
22.『喜劇 大風呂敷』(1967)
【補足】
「リスペクト中平康!」クール!スタイリッシュ!スピーディー!テクニック!孤高のモダニスト 日本映画史に残る天才映画監督中平康!天才監督の傑作群を順次DVD化するシリーズ「リスペクト中平康!」が始動した。
[株式会社ハピネット]が順次、 中平康作品をDVD化して発売している。
2021年9月に『猟人日記』(発売済)、10月6日には『砂の上の植物群』が発売される予定である。11月以後の情報は未定。
【補足2】(2021年9月26日)
中平まみ氏によれば、中平康作品の著作権は、「父と全く血のつながらない人に継承された」と『映画監督中平康』の47頁に記されている。再婚した女性の姪に「作品使用料」が継承されているというのは、きわめて理不尽な話だ。「著作権」の趣旨から考慮しても、当然著作権は、中平康の娘である「中平まみ」氏に継承されるべきだ、と強く思う。