ジャック・リヴェットは舞台劇を導入し映画を再生させた

映画は20世紀最大の芸術である


新型コロナウィルスの世界的蔓延によって、パンデミックとなり、芸術活動全般が制御されている。アメリカの爆発的感染者の驚くべき増大により、ブロードウェイや、ハリウッド系の映画館が閉鎖されている。従来のように、映画が映画館で上映される環境は、すっかり変わってしまった。

NetFlixなど映像配信サービスの好調は、映画を視る環境の変化が著しいことを示している。しかし、映像配信というスタイルが映画を視る環境を変えたというより、そもそも映画は、20世紀に終わっていたのだ。

フランスで起きた20世紀最大の映画の革新運動=ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)がもたらした作品は、もはや20世紀映画の古典となった。

ジャック・リヴェット(1928~2016)、エリック・ロメール(1920~2010)、クロード・シャブロル(1930~2010)、フランソワ・トリュフォー(1932~1984)、ジャン=リユック・ゴダール(1930~)等による一連の映画革新運動によって製作された映画は、既に古典となって残されている。20世紀は映画の時代だった。

 

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ジャック・リヴェット傑作選

ヌーヴェル・ヴァーグを代表するジャック・リヴェットの映画に触れてみたい。

 

 

『修道女』『セリーヌとジュリーは舟でゆく』『彼女たちの舞台』

 

ジャック・リヴェット(1928-2016)の作品で未見もの『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1976)『王手飛車取り』(1956)『北の橋』(1981)『彼女たちの舞台』(1989)『パリはわれらのもの』(1960)『修道女』(1966)を続けて観た。スクリーンでみた『美しき諍い女』(1991)『パリでかくれんぼ』(1995)『ランジェ公爵夫人』(2007)は今回除外するとして、ジャック・リヴェットの映像論に迫ってみたい。

 

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 1.『修道女』(1966)
『修道女』が溝口健二西鶴一代女』にインスパイアされたジャック・リヴェットは、ディドロ原作の「修道女」を映画化する。
あらためて、『修道女』を見てみると、ディドロ原作の「修道女」は、18世紀貴族

の娘の生きる道は、結婚か修道院かの二者択一しかないこと、姉二人が持参金により結婚したため金がない両親は、三女アンナ・カリーナを供託金をもとに、修道院に強引に閉じ込めようとしているところから始まる。修道服を着た女性が美しく、その美学的側面と、親の子どもに対する差別的虐待の残酷さが際立つ。

最初の修道院では、院長に優しく接してくれたものの、院長の死後あとを継いだ院長は、アンナに対してあたかも魔女に対する仕打ちのように残酷な対応に、アンアは疲れ果て、司法に頼り、何とか次の修道院に移籍する。ところが、次の修道院は、規律に甘く、修道女同士が愛し合うような雰囲気。直接的にではなく、あくまで間接的だが、とりわけ院長のアンナへの執着がひどい。耐えきれなくなったアンナは、神父の援助で脱出するも、神父に迫られて逃亡する。逃亡の果て、洗濯女などを経験するが、最後は物乞いに零落する。
零落したアンナ・カリーナを救ったのが、娼館の女経営者だった。しかし、娼婦たちは貴族のパーティに参加、アンナ・カリーナも従って行くが、途中で窓から身を投じる、あっけない衝撃的なラストに見る者は茫然となる。140分の長さを感じさせない緊迫感の持続には敬服する。私的には、『修道女』がリヴェットのベスト・フィルム。

『修道女』は、溝口健二西鶴一代女』とは、まったく別作品になっている。『修道女』の高貴な輝きは、男たちへの献身的奉仕ではなく、時代的状況に置かれた女性の自立的悲劇と捉えたい。

 

 

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2.『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1976)

これは傑作であった。

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を踏まえた作品づくりになっている。
公園にて魔術の本を読んでいたジュリー(ドミニク・ラブリエ)の前を、セリ-ヌ(ジュリエット・ベルト)が走りぬける。ジュリーはセリ-ヌを追いかけ、あれこれの展開の後に、共同生活を始めることになる。二人は、一個のボンボンを舐めることによって、別の世界で起きた事件(一人の男をめぐり、二人の美女ビュル・オジェとマリー=フランス・ピジエが、男の前妻の娘を殺害しようとする)の中に入り込み、付き添い看護婦になり、殺害を妨害しようとするお話。

物語が進行するに従い断片として示されていたピースが埋まり、事態の全貌が視えてくるという摩訶不思議な仕掛けが素晴らしい。既に起きた少女への殺人事件を、セリーヌとジュリーは『不思議の国のアリス』の手法により、二人が交代で看護婦となり、殺害を回避させることになる。
殺害回避後、二人は役割を交換して、冒頭のシーンに戻り、セリーヌが魔術の本を読んでいると、そこにジュリーが通りかかる。同じ事件が反復されるのか、あるいは別の世界(例えば『鏡の国のアリス』)に入るのかは、視る者の想像力に任されるというわけだ。

それにしても、実際にセリーヌとジュリーが舟に乗り込み、別世界の人たちと遭遇するシーンは秀逸すぎて笑ってしまうほどだ。『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(186分)は、傑作である。

 

シネマ2*時間イメージ (叢書・ウニベルシタス)

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ドゥルーズは、『シネマ2*時間イメージ』(法政大学出版局,2006)の中で、

「『セリーヌとジュリーは舟でゆく』は、おそらくタチの作品とともにフランスの喜劇映画の最高傑作の一つである」(14頁)

と絶賛している。

 

彼女たちの舞台 [DVD]

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3.『彼女たちの舞台』(1989)

かつて有名な女優であり、今は演劇学校を開催しているコンスタンス(ビュル・オジェ)のもとで、四人の女優志望者が学んでいる。アンナ(フェイリア・ドゥリバ)、クロード(ローランス・コート)、ジョイス(ベルナデット・ジロー)、セシル(ナタリー・リシャール)。四人は郊外の古い屋敷で共同生活をしている。セシルが恋人と同棲するため屋敷を出ることになり、ポルトガルから来て同じ演劇学校で学ぶルシア(イネス・ダルメイダ)が、代わりに共同生活に入ることになる。舞台稽古が、現実の生活に関係しながら、ある政治的事件にかかわることになる、まずは登場人物の設定を。

 

ジル・ドゥルーズの「リヴェットの三つの環」(229-305頁『ドゥルーズ・コレクション2』河出文庫,2015)では、リヴェット『彼女たちの舞台』をABCの「三つの環」に喩えて論じている。

 

 まず第一の環を、ドルーズはAと名づける。ビュル・オジェが演劇指導者として、すべてが女性の劇団で演出している。若い女優志願の女性たちは、ひとりひとり舞台劇の役を演じる。この設定をドゥルーズはAと名づけ、第一の環としている。『彼女たちの舞台』の根底を形作る環としているのだ。


「リヴェットをインスパイアして止まないのは、4人の娘がつくるこのグループであると同時に彼女らの個体化、こっけいな娘と元気のいい娘、不器用な娘と器用な娘、そしてとりわけ<太陽の娘と月の娘>である。これが第二の環であり、それは第一の環に内在している」(300頁)

ドゥルーズは述べる。

第三の環は、四人の娘に関係する正体不明の男に対する対応、一人の娘は男に愛される、残りの三人は男を殺そうとする。一人は劇的に、もう一人は冷徹に、もう一人は衝動的に、三番目の娘は棒切れを使って、事をやりとげる。「この三つのシーンの見事さ、これこそがリヴェットの偉大な瞬間だ。これが演ずるということの第三の意味である」とドゥルーズは第三の環Cとする。

役者たちが演ずることから『彼女たちの舞台』を読み解くドゥルーズの映画論は、『シネマ*イメージ』とはいささか趣を異にする。

このドゥルーズの解読では、解りにくい。以下、映画情報の解説から。

「パリで共同生活を営む4人の演劇学校の女生徒が、ミステリアスな事件に巻き込まれてそれぞれの内面の葛藤を顕わにしてゆく。仏ヌーヴェル・ヴァーグの先駆者とされながら長らく日本に紹介されなかった、「美しき諍い女」のジャック・リヴェット監督の本邦初公開作」(MOVIE WALKER)

「パリ郊外の古屋敷で共同生活をしている4人は演劇学校の女生徒。以前屋敷に住んでいた別の女生徒がやっかいごとに巻き込まれているらしく、稽古場にも屋敷にも何やら不穏な空気が渦巻き始めた。4人をつけまわす男、互いにつのる疑念、そして事件。それでも芝居の稽古は続く……」(映画.com)

以上の解説で、ほぼ本作の雰囲気が分かるだろう。

舞台演劇を勉強する四人の娘たちが遭遇する政治的な事件を、軽快に描いた作品とでも言えばいいだろう。この作品は、出演する若手女優の魅力を引き出しながら、偶然事件に巻き込まれる過程を、実にスリリングに蠱惑的に描いた傑作。156分という長さを感じさせない(しかし、リヴェットの作品を映画館でみることは今や困難であることも申し添えておきたい)。

 

三本に触れたが、ジャック・リヴェットは、ヌーヴェル・ヴァーグの先駆者的作家であり、初期短編『王手飛車取り』は、軽妙な味で、夫婦間のやりとり、それぞれに愛人がいる危険だが楽しいフィルムだった。

 

 長編第一作『パリはわれらのもの』(1960)は、ソルボンヌ大学の女学生アンヌ(ベティ・シュナイダー)が遭遇するある種の陰謀事件。兄の友人ジェラール(ジャンニ・エスポジット)がシェイクスピアの『ペリクリーズ』を演出している。アンヌは偶然そのリハーサルを見にいった場で、ヒロインの役を演じて欲しいとの依頼を受け引き受けるが、結果的に錯綜する様々な事件のため、演劇そのものは中止となる。

『パリはわれらのもの』で、リヴェットは演劇のリハーサルを映画の核に置いている。その後の作品に、しばしば<演劇のリハーサル>シーンが中心に置かれることになる先駆的フィルムとなっている。私的には、第一作はあまり評価できない。

 

ヌーヴェルヴァーグの先導者は、『カイエ・デュ・シネマ』の編集長であったエリック・ロメールジャック・リヴェットであることは記憶しておくべきことだろう。今回は、ジャック・リヴェットを取り上げたが、拙ブログでは、今後、クロード・シャブロルフランソワ・トリュフォー、そして最大の難物、ジャンリ=ュック・ゴダールにたどりつきたいと思っているのだが・・・・

 

 ジャック・リヴェット論は、今のところ単独の翻訳書や著書はない。以下の二冊の中に「ジャック・リヴェット」の項目があり、参考になる文献だ。

映画作家論―リヴェットからホークスまで

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  • 作者:中条 省平
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特に 矢橋透『ヌーヴェル・ヴァーグの世界劇場』(フィルムアート社,2018)は、映画と演劇の関係性、交錯を、作家別に捉えた、貴重な一冊なので特に推薦しておきたい。

 

◎その他の ジャック・リヴェットの代表作

 

美しき諍い女 (字幕版)

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