文壇「坪内組」ならこう言うぜ、『坪内祐三文学年表』出版もあるでよ
東京タワーならこう言うぜ
坪内祐三いうところのヴァラエティ・ブック『東京タワーならこう言うぜ』(幻戯書房,2012)を入手した。この種の本は『古くさいぞ私は』(晶文社,2000)以来のことである。この間12年間に、坪内氏の姿勢は文学や書店・古書店などについて、前者にみえる積極性に較べて、後者はきわめて悲観的であり対照的な内容になっている。
坪内祐三『東京タワーならこう言うぜ』(幻戯書房,2012)を読んでいたら、久保覚について以下のような記述があった。
久保覚は現代の基準で呼べば夭折と言ってもいい年、六十一歳で1998年に亡くなったが、その遺稿集『収集の弁証法』(影書房,2000)巻末の「久保覚略年譜」によって編集者久保覚の像が明らかになった。(90頁『東京タワーならこう言うぜ』)
「現代の基準で呼べば夭折と言ってもいい年、六十一歳」というのは、坪内祐三その人の61歳と同じであり、夭折という表現が、1998年と2020年でダブルことになった。符合するとは恐ろしい。坪内氏の文章は、2011年7月に雑誌掲載されている。
ヴァラエティ・ブックとしての『古くさいぞ私は』と『東京タワーならこう言うぜ』の間に流れた12年間は、いわば喪失の歴史でもあったことを知らされた。
さて坪内本で未入手の書籍を集めて読む。
『文藝綺譚』(扶桑社,2012)は、ツボウチ流<文芸エッセイ>の面白さを味わった。
『昭和の子供だ君たちも』(新潮社,2014)からは、世代論から昭和の戦争を含む細部へのこだわりをひとつの精神史として描き、見事な出来栄えになっている。読み応え十分だった。『されど、われらが日々ー』、共産党、六全恊、『われらの時代』、60年安保、全共闘、1972年浅間山荘(『一九七二』で語られた)、1980年の意味、「シラケ世代」「新人類」「おたく」、団塊・全共闘・安中派、そして最後の「昭和の子供たち」に触れながら、ひとつの精神史として昭和を論じるスタイル。驚くべき切り口に、<昭和本>の代表作たり得る傑作だ。
これは坪内氏のベスト3に入ると確信した次第。一気に読んだ。
坪内祐三の著作は多い。そのうち読書関係の日記出版は、『三茶日記』(本の雑誌社,2001)、『本日記』(本の雑誌社,2006)『書中日記』(本の雑誌社,2011)『昼夜日記』(本の雑誌社,2018)がある。
『三茶日記』は、1997年1月,10月~2001年6月まで、『本日記』は2001年7月~2005年10月まで、『書中日記』は2005年11月~2010年12月まで、そして『昼夜日記』では、2011年1月~2016年7月まを採録している。
「読書日記」の2016年8月から2020年3月号までの連載分の刊行が待たれる。
これらの「読書日記」と『ダカーポ』連載の『酒日誌』(2002年11月~2006年7月)と『小説現代』連載の『酒中日記』『続・酒中日記』(2006年11月~2014年4月)を、年表を追記すれば、『坪内祐三文学年表』が出来上がる。
ちなみに小生は、『酒日誌』のみ購入しており、『酒中日記』『続・酒中日記』は古書価が高く購入していない(読者には「酒」関係の日記が読まれているようだ)。
これは当然であるが『坪内祐三文学年表』は、荒正人が編集・執筆した『漱石文学年表』に匹敵するものとなることを期待したい。
ちなみに、坪内氏は「年表が文学になる時」(『文学を探せ』)というエッセイがある。とはいうものの坪内祐三氏から数多くの未知の作家・小説家・編集者等を教えられた。何より坪内氏の文体(文脈)は面白い。読みやすく下手な気取りがない。素直なのだ。どれほど多くのことを教えられたか、今改めて思い知る。
没後の刊行となった『みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。』(幻戯書房,2020)の巻末に索引が付されている。
「人名索引」145名、「タイトル索引」71タイトル、「事項索引」は芥川賞、イエナ書店、泉鏡花文学賞、オウム事件、川端康成文学賞、関東大震災、共産党、キリン堂書店、近藤書店、サントリー学芸賞、自民党、人力車、全共闘運動、第三の新人、ダイヤモンド社、谷崎潤一郎賞、中央公論新人賞、テニス山口組、東京オリンピック、東京ディズニーランド、内向の世代、直木賞、野間文芸賞、バブル、日比谷高校、満州事変、無条件降伏論争、靖国神社、リトルマガジン、レイクヨシカワ書店、連合赤軍、六〇年安保まで33項目。この多彩な項目も坪内氏の一部であることは申すまでもない。
人名で多いのは、7回以上が、植草甚一、江藤淳、遠藤周作、大江健三郎、粕谷一希、小林信彦、小林秀雄、庄司薫、福田章二、十返肇、常盤新平、永井荷風、中川六平、野坂昭如、深沢七郎、丸谷才一、三島由紀夫、安岡章太郎、山口昌男、山本健吉、吉本隆明、吉行淳之介である。この人名に福田恆存、野口富士男、川崎長太郎、滝田樗陰、池島信平、木佐木勝等、数多くの人名が付加されるだろう。
坪内氏のかつて編集者<坪内組>による『坪内祐三文学年表』の編集・刊行を期待する。巻末には、「人名索引」「タイトル索引」「事項索引」が付せられることを希望したい。これは一読者としての「夢」に過ぎない。
『坪内祐三文学年表』は、坪内氏の追悼企画として如何であろうか。