1Q84
村上春樹の新作『1Q84』(新潮社、2009)が、出版界に「村上特需」をもたらしているようだ。発売開始以来の増刷で、120万部の売上は出版界にとって、まさしく「特需」になっていると報道されている。不況の出版界にあって、村上春樹の存在は大きい。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/05/29
- メディア: 単行本
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6月23日(火)の『朝日新聞(大阪版)』に、「『1Q84』を読み解く」と題して、赤坂真理、亀山郁夫、森達也の三氏の書評が掲載された。とりわけ、亀山氏によるプラトンの「想起」からしか発想できない善悪の境界が壊れた世界での「幸福の絶対性」希求は、説得力があった。また、森達也氏による『1984』のビッグブラザーならぬ「リトル・ピープル」が、民意や世相としてこの国の形を決めているという指摘。森氏によれば、「続篇はありえない。」という。
さて、村上春樹の意図は如何。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/05/29
- メディア: 単行本
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村上特需で、中央公論版『チェホフ全集13巻』から、『サハリン島』のみを抽出して出版されるようだ。『1Q84』の第20章「天吾、気の毒なギリヤーク人」に、チェ-ホフの紀行記録『サハリン島』のなかのギリヤーク人について記述されている箇所が、数か所引用されている。チェ-ホフがシベリア旅行に出発した理由として、村上春樹は次のように述べている。
自分が都会に住む花形作家であるという事実に、チェーホフは居心地の悪さを感じていた。モスクワの文壇の雰囲気にうんざりしていたし、何かというと脚を引っ張り合う、気取った文学仲間にも馴染めなかった。底意地の悪い批評家たちには嫌悪感しか覚えなかった。サハリン旅行はそのような文学的な垢を洗い流すための、一種の巡礼的な行為だったのかもしれない。そしてサハリン島は、多くの意味で彼を圧倒した。だからこそチェーホフは、サハリン旅行を題材にとった文学作品を、ひとつとして書かなかったんじゃないかな。(p462「BOOK1])
- 作者: 村上春樹,松村映三
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/02/29
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まさしく、村上春樹自身の体験と重ね合わせることができる。『雨天炎天』において、ギリシアのアトス半島の修道院への巡礼の旅を、禁欲的に実行した村上氏の行動が想起される。
「小説家とは問題を解決する人間ではない。問題を提起する人物である」と言ったのはたしかチェーホフだ。なかなかの名言だ。(p472「BOOK1」)
チェーホフの上記のことばを引用する村上氏は、まさに『1Q84』が問題解決の小説を目指すものではなく、問題提起の作品であることを宣言している、といってもいいだろう。つまり換言すれば続編はない、ということ。
- 作者: チェーホフ,中村融
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1997/03/01
- メディア: 文庫
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『1Q84』は問題解決ではなく問題提起の小説なのだ。さてしかし、
ブランド・スーツを身にまとったキャリアウーマン風の女性がタクシーに乗り、首都高速を走る。車内には、ヤナーチェック『シンフォニエッタ』の演奏が流れる。女性の名前は「青豆」。高速道路の非常口階段を颯爽と降りて行く。ハードボイルドな出だしに思わず引き込まれる。並行して、受験予備校の数学講師の天吾は、平凡な毎日を送っているが、新人賞の選考原稿を読むと17歳の少女が書いた『空気さなぎ』という魅力ある作品に出会う。編集者小松の薦めで原稿に加筆することになる。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/03/01
- メディア: 文庫
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いつもように、二つの世界が並行して描かれる村上春樹の最新刊『1Q84』2冊は、事前に内容の予告がなく、『海辺のカフカ』から7年、待ちに待った長編作だった。期待にたがわず、先をせかせるような巧みな構成と、意表をつく展開。誰もが「傑作」と呼ぶであろう作品への期待感は、2冊目の半ばまで持続した。見事な比喩や、音楽に関する造詣の深さや、先行する文学作品へのオマージュ。
しかしながら、終末に近づくにつれて、これでいいのだろうか、という率直な疑問に捉われる。「青豆」と「天吾」は出会うこともなく、終末を迎えていいのだろうか。どうしても続編を期待させる。「さきがけ」関係のひとたちは、どうなったの?「青豆」に、依頼していた「正義の老婦人」とその用心棒タマルは?「ふかえり」はどこへ?などいくつもの疑問が放置される。続篇なしでは、不可解のままとなってしまう。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1997/09/30
- メディア: 文庫
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- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1997/09/30
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「BOOK1」「BOOK2」を読むかぎり完結していない、ように思える。『ねじまき鳥クロニクル』第3部のように、「BOOK3<10月ー12月>」の刊行に期待したくなる内容だった。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1997/09/30
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とはいうものの、チェーホフの引用から、本書は「問題提起」の小説と解釈する方が、著者の意図するところに合致するのではないか。完結する必要のない物語であることを、ギリヤーク人の挿話を通して村上氏自身が語っているのだ。