老後がこわい


香山リカ『老後がこわい』は、シングル女性の老後問題を自らの体験として述べており、かなり説得的に問題の所在を指摘している。


老後がこわい (講談社現代新書)

老後がこわい (講談社現代新書)


老後に係わる、「年金」「病気」「介護」「孤独死」「葬儀」「墓」「遺骨」から「ペット」に至るまで言及している。シングル女性が、一所懸命に働きながらも、40代を過ぎると結婚式よりも葬儀の出席が増えるという。つまり、「老後問題」が身近になる。家族制度が核家族構成への変化により、子どもは一人ないし二人になっている。シングル女性のうちパラサイトしている場合、親の介護問題に直面する可能性が高い。


負け犬の遠吠え

負け犬の遠吠え


酒井順子『負け犬の遠吠え』は、「負け犬」を自称しながら、人生の「勝ち組」の余裕があった。精神科医香山リカでさえ、老後の一人暮らしは、どこに住むかが大きな問題となるという。確かに、シングル女性で持ち家は少ない。では、それなりの設備が整ったホームに入居する場合は数千万円の準備金が必要であり、一般論として、余程のキャリアでなければ、そんな貯えや、持ち家を一人で所有することなど難しいだろう。


病気になった場合はどうするのか?元気で働いているからこそ「シングル女性」は輝いている。しかし、老後や死は、誰もが避けることができない不可避の問題だ。


一人暮らしで信頼できるのがペットであり、ペットの寿命が短いからこそ、ペットの死による衝撃が大きいという。さらに、死をどのように迎えるか、喪主はどうするか、墓は、遺骨は?と考えると実に面倒だ。

「勝ち組」と「負け組」との峻別をよしとし、格差や差別もやむなしとする世の中では、「女性」であり「高齢者」であることはそれだけで二重の差別の対象になる可能性がある、ということがわかる。つまり、私たちは、「弱者が気の毒だから」といった高みの見物的な慈善スピリットではなく、差別される側として、世の中の動きをしっかり見つめていかなければならないということだ。(p.188)


香山リカは、シングル女性=負け犬問題として考えているが、実は、男性のオタクも似たような事情がある。オタクは若いからオタクであり、40歳を過ぎたオタクはどうするのか。パラサイト・シングルのオタクは、親の介護→死の問題をどう乗り超えるのか。他人事ではない。「差別される側として、世の中の動きをしっかり見つめていかなければならない」だろう。


「老後がこわい」問題には、実は重要な問題が隠されている。つまり、人はどう生きるかという根底的な問題だ。生き方は個人の自由である、などど簡単には言い切れない。人間は不可避のものとして「死」があり、生が死を内包するが故に、根本的な解決策はないのだ。<死−再生>という儀式をどこかに取り込まないと、生・健康が善であり、病気・死は悪であるというとんでもない解釈になってしまう。若者による老人排除あるいは老人嫌悪の問題は、自らの来るべき「老後」を否定することになる。


老人とは他者であると同時に、自身の鏡でもある、このことに気づかない限り、「負け犬」も「オタク」も、「老後がこわい」問題の解決策などはないということだ。

福田恆存が次ぎのように記している。

二つの錯覺がある。人生は自分の意思ではどうにもならぬといふ諦めと、人生を自分の意思によってどうにでも切り盛りできるというふ樂観と。老年の自己欺瞞と青年の自己欺瞞と、あるいは失敗者の自己欺瞞と成功者の自己欺瞞と。(p.528「人間、この劇的なるもの」『福田恆存全集第三巻』)


人間・この劇的なるもの (中公文庫)

人間・この劇的なるもの (中公文庫)


「人生は自分の意思ではどうにもならぬといふ諦め」は「負け組」に、「人生を自分の意思によってどうにでも切り盛りできるというふ樂観」は「勝ち組」に相当するだろう。「青年の自己欺瞞」とは「オタク」や「負け犬」であり、「錯覺」にほかならない。


換言すれば、「負け犬」と「オタク」にとっての「老後問題」とは、「自己欺瞞」の「錯覺」であることに気づかなければならない。「明日のことも老後のこともなるようにしかならない」と最後に悟る香山リカは、「自己欺瞞」の「錯覺」を認識しているがゆえに、居直ることができるのだ。


「負け犬」や「オタク」は、いわば流行語だ。人間にとって「生と死」が一体のものであることを想起すれば、流行に左右されない「死」を不可避と捉える自分が視えてくるのではないか。とはいいながら、この種の問題は先送りしがちだ。香山リカの著書を手がかりに、自分の人生を描いてみるのもいいだろう。

「老後問題」には一般論は通用しないし、正解などないのだから。



■「葬儀」や「遺骨」や「墓」に関しては、斎藤美奈子の本が参考となる。

冠婚葬祭のひみつ (岩波新書)

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